市役所ロビーにて、こじんまりと催されていた原爆絵画展。私の祖母は、畑仕事中、光と轟音の方角に、キノコ雲を見たという。その背には、私の父親が背負われていた。亡くなった方々の無念の想いを引き継ぎたい。
国連軍縮会議の会議の模様。「市民社会の役割:軍縮・不拡散教育ー核兵器のない世界に向けた市民社会との協力の推進」を傍聴。
我がさいたま市で行われている国連軍縮会議に傍聴で来た。すでに始まる時間だが、 午前の会議が長引いたようで、遅れている。
新たな議会の風景。議場に新登場した議員用の演壇。これからは、行政に向いて、質問をすることとなる。厳しいやり取りが、市民のためになれば本望である。
「もしもノート」。もしもの時に役に立つ代物だ。ここには、自分の覚え書きから始まり、もしもの時に、知らせてほしい人、さらには「知らせてほしくない人」など、自分の思いを生前に記しておくことができる。NPO団体が発案し、すでに …
避難所の舞台となった母校の大谷口中学校。写真は柔道部のトレーニングに使った校舎裏。今、柔道部は廃部となり、消滅している。
避難所の朝は、6時起床となっていますが、すでに5時頃から談笑する声や片付ける声。煮炊き用の大釜も中の水が捨てられ、片付けられていました。これからラジオ体操、8時の施錠まで片付け清掃が行われます。