• 「猫の手貸します」

メルマガ『夕張希望の杜』野村に記されていた
村上医師の文章をそのままコピーします。
今後の私たちの生き方について、
最期の看取りへの提言が含まれています。
きっと将来に向けての貴重な提言となるでしょう。
ぜひご覧ください。
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http://www.mag2.com/m/0000253983.html
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◇ 2.村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜
最期の時
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先日、札幌の病院からある患者さんが紹介されてきました。
元々ここへ通院していたのですが、骨折で札幌の病院に入院して、
入院中に肺炎を発症して、さらに脳卒中になってしまったという
可哀そうな経過でした。
高齢者は入院して安静にしているだけでも、体が弱り、
肺炎や認知症の進行といった事が起こりやすくなります。
その後状態が悪化して食事も食べられなくなり、
もうこれ以上回復は望めない状態と判断されたようです。
高齢者の場合、癌でなくても末期の状態というのが起こってきます。
食べる事が大好きで、夕張の自宅が大好きでご家族も自宅へ帰ることを
希望して、病院からとても丁寧な紹介状を頂きました。
要するに最期の看取りの依頼です。
やっとこのような依頼が来て、受けられるようになったのだと思います。
早速、その日のうちに24時間体制で医師と看護師がケアして、
酸素を使えるように手続きをして、少しでも元気が出たら歯科医にお願いして
口腔ケアをして食事を食べられるようにしていくといった計画を立てました。
実は、私はほとんど何もしていません。
全て在宅をやってくれている永森先生や横田副所長、訪問看護のスタッフが動き、
半日ほどで全ての手続きをしてしまいました。
そのこともとても大切で、限られた大切な時間ですから、
現場の判断で急いでやっていかなければなりません。
多くの場合病院より自宅の方が本人のストレスも少なく、
元気になるケースが多いと思います。
そんなことに期待しながら、ご家族と一緒に本人が良い時間を過ごせるように
していくのが、高齢化社会における支える医療の一番の目的です。
おそらくこれからもこのようなケースは増えてくるのだと思います。
寿命と戦っても勝ち目はないですし、その為に大切な時間を
医療機関で過ごすことは、必ずしも本人の望んでいる事ではありません。
「安心」という言葉は、場合によっては本人ではなく、
家族や医療機関の為のものになってしまいます。
従来の戦う医療のイメージは、勝ち目の薄い戦場に患者さんを連れ出して、
丸腰のまま放り出して周囲の家族や医療スタッフが壁の向こうで応援しながら
見ているようなイメージがあります。
支える医療というのは、どちらかというと、厳しい戦場には高齢者は出さないで、
皆で手伝って後方に連れて行くような感じです。
戦うことも必要なのですが、全員が同じように戦うと、
余計な犠牲が出てしまうように思えます。
いずれにしても、限られた資源を有効に使う必要がありますが、
それが必ずしも医療機関である必要性はないし、今まで頑張ったのだから
せめて必要以上に負担をかけないで過ごさせてあげたいものです。
多分、従来のやり方では経済的にもかなりの負担になりますし、
それを背負うのは次の世代の人達です。
死を敗北と捉えるとこのような考えにはならないのですが、
死を必然と捉えると、世界一平均寿命の長い日本ではこのような発想で
取り組んでもいいのではないでしょうか?
少なくとも今までは今回のようなケースの受け皿が無かったのですから、
やっとここまで来たように思えます。
ある統計によると、病院で亡くなる方の割合は北海道が86%と全国1位です。
北海道は人口当たりのベッドの数が本州より多い地域ですので、
そのような文化なのかもしれませんが、高齢化が進んでいくと
それも出来なくなると思います。
そろそろ頭を切り替えて昔に戻って選択肢を増やすべきではないでしょうか。
そんな事を考えながら、日々夕張の高齢者を支えています。
医療法人財団 夕張希望の杜
  理事長 村上智彦