• 「猫の手貸します」

2月1日の本会議初日。
異例の緊急質問という場が設定された。
緊急質問をするまでもないが、
することに異議は無い、
というのが私の所属会派の意見であった。
その質問の議題は「埼玉改援隊」。
市長が他自治体の市長らとともに設立し、
市長自身が地区マニフェストも掲げた。
この中に議会に関する項目が入っており、
2元代表制の趣旨との整合性が問われたのである。
結果、この部分を撤回することを
求める決議が挙げられた。
私はこの決議には反対した。
明くる日の2月2日の新聞では、
このやり取りをめぐり
「紛糾した」と報じられた。
自民・共産・無所属議員が登壇。
自民党の質問時には途中で休憩が入り、
議会運営委員会が開催されるなどの場面もあった。
これら緊急質問の「紛糾」の本質を記したい。
これは「政局的」なやり取りであった、
と断言する。
きっかけとなった「埼玉改援隊」を掲げた市長も政局。
自民党はじめ、登壇者も政局。
派手なパフォーマンス合戦という様相である。
まず、市長をあれだけ質す資格が、
自民党にあるのか疑問である。
清水市長誕生後、
それまでの「水面下政治」が成り立たなくなったことが、
清水市長への厳しい追求の最たる理由ではないのか。
相川前市長の下、
自民党・公明党は「与党」宣言をした。
この与党が優先となって、
議会と行政との間で事前のやり取りが横行した。
これが議会運営を形骸化させていたのを、
私は忘れていない。
皮肉にも。
自民党が厳しく追及する清水市長の誕生により、
「与党」ではなくなった自民党の、
表舞台での活躍の場ができたということとなる。
振り返れば、清水市長の就任後、
市長との距離感でしばしば議会の混乱が続いている。
市長選時に、
清水市長を応援したのか、していないのか、
ということが、その後の議会運営に
大きな余波をもたらしているのである。
今回もその文脈で考えると、
分かりやすい。
特にこの2月議会で、政局的な側面が噴出するのは、
4月に市議会議員選挙を控えているからである。
こうした政局を前提とした混乱に
巻き込まれないように心掛けたいものだ。
政局的な思考をできるだけ排除して、
市民生活への成果を念頭に行動してきたい。
念のため。
私の立場を「市長与党」と見る向きもある。
市長を応援したという意味では、
そう見られるかもしれない。
ただ、私は自らを
「与党」と言ったことは一度もない。
決算議案や敬老祝い金削減撤回の予算案など
市長提案の議案に反対した事もあれば、
昨年9月議会での代表質問で行革の進め方や
市職員の刑事事件を巡る市長の姿勢について
市長に厳しい指摘もしている。
ある幹部職員からは、
我が会派が「市長与党なのに行政に厳しすぎる」
と行政内部で取りざたされていると聞いた。
これが私や私の所属する会派の
現在の位置づけを示す何よりの証拠となるだろう。
少なくとも、
従来の「与党」には無い行動である。
議会と行政の、
緊張感を前提とした新しい関係性を築く機会は、
少なくともさいたま市誕生後、
当初の2年の混乱期を除いては無かった。
市長が交代し、
今、ようやくその兆しが見えてきた、
ということとなる。
さいたま市の有権者の判断により、
先の市長選挙において、
市政は確実に舵を切ったのである。
もう一つの視点として、
私が市長と近いように見えるならば、
それは市長が進めていることに軌を一にして
賛同しているからであって、
その成果に焦点を当てた評価を前提としている。
市長がすべきことをしなかったり、改革を怠れば、
すぐさま厳しい指摘をすることとなる。
私にとっての関心は、特に行政改革。
さいたま市の行政改革は、
清水市長就任後、大きく前進している。
こうした市政の方向転換が昨今の議会の混乱を生み、
改選前の市議会において、
こうした「紛糾」を生み出しているのだろう。
混乱や紛糾は、
変化する際に必然的に起こりうる事象だといっていいのだろう。
むしろ混乱が起きているということは、
これまでとは変化が生じていることの何よりの証拠である。
時間がどれだけかかるかはわからない。
が、必ず、次の時代に適応するために、
議会も行政も姿を変えていくこととなる。
変化に対応できなければ時代の中で淘汰されていく。
私はこの変化の担い手でありたい。
私たちの会派が事業仕分けを実施したのは、
こうした時代認識の下、
議会側の責任を強く意識したからである。
政局や選挙のための活動、などという
矮小化した見方をされるのは本意ではない。
市長は、改援隊を立ち上げる等の
外での政治行動に走るよりも、
議会において議員各位に対し、
こう問いかければいい。
「私は行財政改革を進めている。
 議会も市全体を視野に財政に責任を負い、
 判断するべきではないか」
これは従来の「あれもこれも」路線の返上を意味する。
どれを選択するかの時代に来ている。
どれかを選択しなければ財政はパンクしてしまう。
この時代の政治家の役割は、
リスクを承知で市民に自らの考えを示し、
議論を積み重ねて理解を得ていくことに
重きが置かれるはずだ。
ここでの議論こそ、
市民に示すに値するものとなるだろう。
選挙を意識し、
有権者に甘い話ばかりをしていては、
事態は改善されないどころか、
ますます治療が遅れ、
悪化していくことを助長しかねない。。
改革を先送りすれば、切羽詰まった時点で、
サービスは一気に削られ、負担は一気に上がるのである。
このしわ寄せは、何より弱いところに向かっていく。
破綻した夕張市の事例は何よりも雄弁に物語っている。
こうした事態は避けなければならない。
体力のあるうちにできることに着手しておかねばならない。
市民もそれに気がついてきている。
だから行政改革を前面に打ち出した清水市長を選んだのだ。
総花的で都合のいいことしか言わない政治家に対し、
市民は疑いの目を向け始めている。
市民は、身の丈に合った等身大の政治を求めている。
少子高齢化で人口減少、さらには経済が不安定な中、
これまでの市長の行革の進め方に問題があったのは事実だが、
そのやり方の反省をしつつも前に進む選択肢しかない性格のものである。
苦い話であっても当事者に正直に話す。
時に、厳しい言葉をかけられることも
政治家の宿命なのだと自覚している。
今までの在り方では、立ちゆかないのは、
国会の状況を見ていても明らかだ。
民主党はふがいないかもしれないが、
古い自民党時代に戻ることも国民は良しとしていない。
この状況と同様である。
今は生みの苦しみを味わう時なのだろう。
新しいものは簡単には生まれない。
しばらくの試行錯誤続く中で、
徐々に形を現わしていくと認識している。
問われているのは、
自分はその試行錯誤の担い手に手を挙げるのか、
それともそこから逃避するのか、ということである。
私は当然前者に立ちたい。
懐古主義からも批判主義からも、
新しいものは生まれてこない。
議会も「担い手」としての責任を負うべきことは当然である。
この点で市長は、
大いに議会側と議論を積み重ねればいい。
市長には、市長選時の有権者の意向に思いを馳せ、
自信を持って、市政の改革の時計の針を進めるべく、
全力を注いでいただきたいものだ。
私は市長がこの姿勢を貫くならば、
市民はきっと理解を示してくれると確信している。
埼玉改援隊そのものについての私の見解は、
この議会が終了した時点で明確に記したい。
ここでは推薦を受ける意思はない
ことだけを記しておきたい。