• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

以前も記したことだが、
ここ最近やり取りが顕在化しているので、
再び記しておきたい。
「子ども手当」についてである。
私は必ずしもこの手当を
「バラマキ」の「悪い政策」だとは思っていない。
最近、義理の妹に子どもが生まれたが、
出産後、どれだけ生活が大変となるのか、
間近で見ているところだ。
経済的負担も推して知るべしである。
この手当の導入により、
子育てをしようという親を、
どれだけ勇気づけるだろうか。
確かに一部において、
子どものためではなく、
自らの遊行費や交際費に使用する親も出るだろう。
が、それはこの制度の持つ
根本的な哲学においての問題ではなく、
制度の運営上検討し対応していくべき課題である。
このように子ども手当そのものについて、
私は決して後ろ向きではない。
しかし。
民主党政権の掲げる子ども手当の導入には、
2つの点で首をかしげざるを得ない。
一つは、前面に出てくる議員の顔がみえないこと。
菅総理の冷めた姿勢も含めてである。
そしてもう一つは、
財源を地方に求めている点である。
一つ目。
当の民主党議員の中に、
この手当の重要性を誠心誠意、
国民に説明しようという議員がいないのは、
なぜなのか。
菅総理大臣は、
なぜ国民に強くその必要性を訴えないのか。
こんな時ほど政治主導を発揮できる機会ではないか。
これまでの間、
様々な立場の人が様々なことを述べている。
制度の導入の趣旨も、
子育て支援、男女共同参画、経済波及効果
など幅広い。
男女共同参画の観点から、
専業主婦から共働き家庭を見越して、
財源は「扶養控除・配偶者控除の廃止」
により生み出すという説明も聞いているが、
国民からの批判が出たら
すぐにそれを引っ込めてしまう。
こうなると、本気さを疑ってしまう。
本気で、この手当を導入することにより
子育てにかかわる各種の
課題の解決に導こうと考えているのか。
どうも2009年の政権交代選挙において、
その訴えの一項目に子ども手当を取り上げたのは、
養育の必要な子どものいる親の世代からの
「票が欲しかった」からなのではないか、
と見えてしまう。
これが本当なら、
重要な制度論を選挙に利用した、
ということになるのであって、
子どもや親の想いにつけ込むものであり、
これほど悪質なことはない。
2つ目。
子ども手当の不足する財源を、
地方自治体に求める点だ。
自治体議員として、
最も憤りを覚えるのが、この点である。
なぜ自ら掲げた国を挙げての政策について、
自分たちで財源を捻出しようとしないのか。
財源が足りなくなると、
地方から持ってくるという発想は、
自民党政権時代と何ら本質が変わっていない。
よりによって地域主権を打ち出す
民主党政権の目玉政策における財源だ。
足りないというなら、地方負担を言いだす前に、
まずは自ら身を削るべきだろう。
国会議員の歳費や定数の問題は、
どうなったのだ。
こうした話は、不問に付され、
足りないから負担せよ、
と上から目線で指示する姿を見るにつけ、
何と稚拙なのだろうと思う。
地域主権を言う資格があるのだろうか。
2009年の政権交代選挙で、
民主党が地域主権を掲げたことに、
私は大いに期待した。
先に就任した片山総務大臣の誕生にも、
期待をしている。
片山大臣に聞いてみたい。
この件は全くの筋違いではないか。
どんなことをしてでも、
国自身で財源を捻出して、
事業を遂行するのが筋道ではないか。
少なくともその姿を国民に見せ、
納得を得てから地方にお願いするべきだろう。
さらに。
納得しがたいのは、
財源論が決着しないままなのに、
来年度から子ども手当を3歳未満のみだが、
月7000円上積みするための方針を固めたのである。
足りない、と一方で言っている最中に、
増やすほうを先にやってどうするのか。
自民党のようなずさんな財政運営をさせない、
財政規律もって国政を運営していく、
ここが民主党の期待された点なのではないか。
こうして政治主導や地域主権、財政規律を返上してまで、
この手当を導入することに、私は。違和感を覚える。
少なくとも、現時点で、
そこまでして手当を支給しなければならない
理由や優先度が理解できない。
繰り返すが、私は子ども手当は、
将来の日本社会において
子育てを支援する
有力な政策の一つだと考えている。
だからこそ、
こんなことで制度に傷をつけることは
好ましいとは思わない。
いったん出直して、
制度設計をし直し、
国民に丁寧に説明してから進めるべきだろう。
この一件をもってして、
民主党政権の本質が表れているようで、
残念でならない。