• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

議会で仕分け作業を実施したい。
6、7年前に始めて横浜市での
仕分け作業に参加して以来、
仕分けの議会内での実施は、
私の議会活動の一つの目標であった
その想いがようやく明日、
実を結ぼうとしている。
この仕分けへの想いは、
自治体議会をめぐる危機感の裏返しでもある。
このままでは議会の存続すら危ういのではないか、
と漠然と思っている。
阿久根市長の行動の不可解さと同時に、
それを生み出す背景にある議会への住民の不信感について、
既にブログにて言及している。
名古屋の河村市長の行動も、
首長が先頭に立って議会を解散するための
署名運動の先頭に立つというのは、
前代未聞であり評価できない。
が、しかし。
有権者の三分の一を超えると思われる
署名が集まる、その背景には、
やはり課題多き議会の在り方が見受けられる。
議会が市民から評価されていないのだ。
その議会への厳しい評価が両市長の行動を後押しする
エネルギーとなっているのだろう。
裏を返せば、議会に対する負のエネルギーが、
彼らに力を与えているとも言える。
そして。
この議会の危機ともいえる状況は対岸の火事ではない。
さいたま市議会も、早晩、
その存在自体が市民から問われる存在となるだろう。
この時代の転換期において、
旧来の体質に甘んじている議会に、
変化をもたらす地殻変動が起きていると言っていい。
あと10年、20年したら…。
今とは全く異なる議会像がそこにあるに違いない。
今の議会の存在は、これからの有権者が許さないだろう。
特に分配、給付を旨とした市民が減り、
もしくは財政難により、
その恩恵を受けることがかなわず、
存在が縮小していく中、
一方で納税者の立場に立ち、
納税の義務を粛々と果たしている市民が、
強い意思表示をする時代に入っている。
この納税者的要素が強くなってくると、
行政改革的流れが加速することとなる。
もちろん、私は社会は
温かくあるべきだと考えている。
その際に行政は大きな役割を果たすべきで、
効率的で強い行政の存在が望ましいと考える。
そして、その温かさを維持する為にも、
今から議会や行政の体質を改善していかねばならない。
改善できなければ、破綻が待ち受けている。
財政の収支バランスは、
すでに大きく崩れて限界を迎えようとしている。
体力のある今からできることをやっていく必要がある。
納税者からの信頼の置ける議会。
これが議会の正当性を持続させる一つの根拠である。
そしてそのツールが、
今回実施する事業仕分けということとなる。
その仕分けを会派という単位において、
いよいよ実現する運びとなった。
仕分けの実施によって、
まずは、この挑戦に第一歩が踏み出される。
ただ、これに甘んじてはいられない。
先ほどの通り、
不断の努力を続けていかねば、
推進力を失った飛行機のように
墜落する可能性は多々ある。
市民が期待するものは、
もはや「報酬、定数の削減」のみか。
そうではなく、議会の質の面での改革なのだろう。
自治体議会をめぐる情勢は、
余りにも深刻である。強い危機感を感じている。
最後に。
究極の自治、今後の議会の方向性
について述べておきたい。
現総務大臣の片山氏の言だ。
「間接民主主義は、選んだ人と選ばれた人との間にかなりの
 信頼関係がなければ成り立たない。信頼回復が必要で、一般
 社会が凝縮した議会になるのが望ましい」(10・23、毎日新聞)。
 
住民の代表機関であることを今一度振り返り、
その住民の信頼を獲得する努力を行ってはならない。
そして、片山氏は次のように言う。
「地方税率は国が事実上決めているが、
 議会の最大の仕事は税率を決めること。
 改革が進み、税を媒介にした
 自治のメカニズムが作動すれば、
 今のままでは許されない」
現在の税率は、自治体の予算でも、
国の決定を踏襲しているだけである。
しかし税率を決める立場に自治体議会が立つなら、
地元の有権者と侃々諤々の議論をした末に、
決定に至ることとなろう。
その過程で議会は問われる。
何故その税率が必要か。
あなた方は税を取る前に、
自ら身を削ったのか。
行政改革は進んだのか。と。
自治体議会が税率を決める時代が目の前にきている。
そうした主張をしている人が、
自治体担当の大臣に就任しているのだ。
こうした時代の混沌、混乱は、
改革勢力には、返ってチャンスとして捉えることができる。
この時代にふさわしい議会改革の担い手でありたいものだ。
この度の仕分け作業は、
そうした主体性ある議会に向けた改革の、
ささやかな第一歩である。
それでも意味ある一歩を
踏み出したことなのだと実感している。