• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

南ドイツ視察訪問ダイジェスト。
写真を掲載できなかったのが残念。
後ほど掲載したいと思っています。
【前半】8月5日~8日 ミュンヘンへ、ザルツブルグへ
■8月5日
成田空港を昼12時近くの便で出発。この日は夕方着。暑さのピークを迎えた日本の気候とは一変、雨の中、上着を着なければ寒いほどであった。ホテルチェックインの後、12日に訪問予定の「ミニ・ミュンヘン」の通訳の方との打ち合わせを兼ねて夕食。鉄道の駅に改札がないことや、ミュンヘン中央駅周辺は移民が多く治安に難があることなど、地元ならではの話を伝えていただく。いつもながらに思うのは、海外の現地情報は、現地に長く住む日本人から聞く事がもっとも的確である。
■8月6日
午前、ミュンヘン一番の繁華街、新市庁舎前のマリエン広場へ。ピーター教会の展望台に上る。風雨の中、びしょ濡れになりながらも、外の展望台で一望したミュンヘンの街並み。茶色屋根の統一感の特徴に目を奪われる。移動し、新市庁舎1階に併設されている観光案内所へ。その資料の充実ぶりが印象に残る。ホテルに戻り、午後からは、ホテルにて、ジェトロ職員、現地の日系銀行員から、対日投資やドイツ経済、日系企業の現状などについてレクチャーを受ける。ドイツ経済はユーロ安もあって好調である。失業者も500万人から300万人に減ったという。ドイツはいくつかの州の分権的連邦国家であるが、それはむしろ経済にいい方向に作用しているそうだ。ジェトロが自治体と進めている各種の取り組みにも、大いに可能性を感じた。
■8月7日
早朝から深夜まで、丸一日かけてザルツブルクヘ。あいにくの雨。ミュンヘン中央駅から、オーストリアの鉄道で90分ほどで到着。バラのきれいな庭園を通り、広大な光景の広がる川を渡って、まず、モーツアルトの生家へ。あの才能は、ここで培われたのだ。その後、山の上のザルツブルグ城を目指す。美術館から入り、ケーブルカーで山頂の城に入る。中の博物館は築城の歴史を物語っていた。敵方はさぞかしこの城を攻略するのに「てこずった」であろう。山の上に位置し、さらに高い城壁に囲まれているのだ。帰り際には有名な「ザッハートルテ」にもお目にかかった。ザルツブルクには、ずいぶん日本人観光客が来ていた。定年した年配の方が多い。日本語の案内が置いてあることからも、それは裏付けられる。
■8月8日
午前、ニンフェンベルク宮殿へ。広大な敷地に建てられた夏季避暑地。2時間の時間制限で歩いてみるも、広すぎて回り切れず、途中で断念。庭園は緑に囲まれ、一般に開放されている。マラソンランナーや若老のカップル、そして親子連れまで、様々な人たちが、それぞれの時間を過ごしていた。きらびやかな宮殿内も圧巻だった。午後、ノイエ・ピナコテーク、アルテ・ピナコテーク、モダン・ピナコテークに足を運ぶ。この美術館群は、質も量も、世界にも誇りうるものだろう。ノイエのゴッホのひまわりを始め、それぞれ近現代の美術作品が並ぶ。じっくり見るなら、とても数時間では回りきれない。私はまず、「質より量」と決め、とにかく早足で回った。時間ぎりぎり、何とか3館を歩破したものの、くたくたになった。モダンにて、映像で日本の宮大工の建築技術が紹介されていた。少しの優越感を感じた。夕方、レジデンツに。ここは、ニンフェンベルク宮殿を造ったヴィッテルスバッハ家の本宮殿。住宅棟のみ見学できたが、これもまたきらびやかであり、当時の王家がいかに強大な権力を有していたかを目の当たりにした。