• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

事業仕分けの実施に対する批判者の意見。

メディアには政治家・評論家から厳しい批判が飛んでいる。

批判をすることがいけないわけではない。

ただ、少なくとも、
政治・行政に責任を負う人たち、
政治家や公務員、マスコミ関係者らは、
以下の点を踏まえるべきだ。

批判するなら代替案を示すべきである。

代替案なき無責任な批判は、
それこそ穴の空いた船を
沈ませることに加担することになる。

大切な視点は、
この社会の運営に責任を負うということだ。

今、行政の継続性に赤信号が灯ろうとしている。
つまり夕張市の被ったような「破綻」を
目の前にしているということだ。

まず、日本社会は、
大変な借金大国となっていること。

900兆円。

一人当たり約700万円。
生まれたばかりの子どもも同じ額がその肩にのしかかる。

欧米の借金の基準は、
GDPの「2分の1」。

日本のGDPは約500兆円。
欧米基準では、上限が250兆円でなければならないのだ。

その4倍に迫る状況だ。

旧来の社会インフラへの投資という
ケインズ政策の失敗により、
景気は回復せず、
莫大な借金だけが残った。

そして、未曾有の経済による財政の大幅な収入不足。

昨年の世界的な経済危機の影響は、
現在に至るまで大きな影響を及ぼしている。

日本はいまだ大きな影響を受け続け、
経済指標は一進一退だが、
回復したとはとても言えない状況である。

さいたま市でも、
これまで経験したことのないほどの減収を迎えるようだ。

欧米は現在、
借金の2分の1基準を外しているが、
これは危機の渦中において、
投資的に政府資金を回しているということである。

日本政府は、収入不足を借金で担うほどの余裕がない。

参考までに今年度の当初の予算額。

全体 88兆5480億円

そのうち、
税収 46兆1030億円(52%)
借金 33兆2940億円(37.5%)

※支出(歳出)のうち20兆円は借金返済

借金返済のために借金を積み重ねている傾向にある。

多重債務者が陥っている状況に
近い事態となってしまっている。

この上で。

これから少子高齢化、人口減少が本格化する。

人口減少は経済活動にとって
大きな足かせとなるといわれている。

こうしたことに対応することが必要である。
しかし、そのための財源に乏しい。

財政収入は厳しい経済状況で減額だし、
借金はできない状況だ。

経済の構造も世界的規模で変化している。

社会主義陣営の崩壊は、
安全保障問題であるとともに、
経済問題であった。

社会主義圏の安い労働力が
自由主義圏に参入することにより、
製造業は軒並み窮地に追いやられる。

日本のモノ作りが軒並み厳しくなっていくのも、
ユニクロが安い衣服で人気を博しているのも、
冷戦崩壊を背景としているものだ。

高付加価値や内需産業にシフトすべき、
と言われているが、
ここに集中するべき財源に乏しい。

こうした数々の変化やこれまでのやり方の限界を迎えているのが、
今、という時なのだ。

まずやらなければならないのは、
国民レベルで行政の仕事、
つまり税金で行う仕事を
再考する作業だ。

これまでも行政改革は行なわれてきた。

確かに進められてきた。

天下りや過剰あ公共事業への投資も、
当然に早急に見直さなければならない。

しかし。

それだけでは社会は立ち行かない。

これまでの行政改革は行政が行ってきた。
だから自ら切りやすいところだけ切ってきた。

もはやそのレベルの行政改革では
社会は限界を迎える。

私たちの社会の在り方や、
公の機関の役割を明確化、
厳格化する作業が必要となる。

教育や虐待対策を含む子育てや
子どもを産む環境を整えること、
介護、精神障害者の抱えている深刻な問題への対応、
貧困の解消、などなど、
社会を運営する上で根幹に関わるこれらの分野に対し、
現在でさえ、充分な予算措置がなされていない。

これら必要性の高い分野に集中して
公のヒト・モノ・カネを回していくには、
①今ある支出を見直す(大胆に廃止すること)
②新たに税負担をしてもらう
方法が考えられる。

②は支出を徹底して見直したうえでのことだろう。
そうでなければ国民の理解は得られない。

事業仕分けとは行政改革の切り札として、
にわかに注目を集めてきたのも、
こうしたことが背景にあるのだろう。

改めて記したい。

事業仕分けのやり方は過激で、
時に言葉に行きすぎがある。

冷静に議論すればいいのに、
と思うかもしれない。

民間の仕分け人は、
どんな資格でこの議論をする立場に立っているのだ、
という各種の批判がある。

しかし、安易な批判には反論したい。

ならば、批判するあなたは、
こうした社会の状況を
どのようにして解決していくつもりなのか、と。

これを実施する民主党や、
事業仕分けを創造した構想日本への批判をするならば、
それに代わることを実践していくべきだ。

作業は荒っぽく見えるが、
これでようやく行政の在り方、社会の在り方の
議論の土俵ができたと考えている。

ある意味で民主主義も新たな段階を迎えたのであり、
それこそ責任ある個人こそが、
この社会の担い手として役割を果たす段階が
来たのではないかと思っている。

事業仕分けに携わる皆さんには、
肩肘を張って遠慮をせずにどんどんやっていただきたい。