• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

選挙の最中だからこそ、
この点も触れておきたい。

「構造改革路線」に対する態度、である。

構造改革について、
私の認識は以下のとおり。

戦後の日本。

一枚岩で共通の目標をもって国を運営していた。

主に、
●経済成長を重視すること
●西側陣営の一角に位置すること
である。

これが、
1980年代後半のソ連はじめ、
社会主義陣営の崩壊や自由主義的要素の吸収により、
国際的に大きな変化が起きた。

東側、社会主義体制の崩壊は、
安全保障の問題もさることながら、
経済の面で大きな変化をもたらした。

つまり自由経済陣営に、
安い労働力を有する国々が参入する、
ということだ。

日本からすれば、
中国やベトナムなどがその位置づけとなろう。

製造コストを安く抑えるため、
中国に依存するようになった。
ユニクロなどはその典型例だ。

こうした経済的環境の変化を含め、
日本の国は戦後体制を過去のものとして、
そこから脱皮を図らなければならない状況となった。

ところが。

「失われた10年」という言葉が示す通り、
日本の社会の運営は依然として変わらなかった。

その行き着くところが、
小渕・森内閣で限界が露呈した「ケインズ路線」。

公共事業を積極的に行なう、
つまり公共投資により、
民間の市場にお金を還流させ、
やがて景気の循環を創り出し、
景気回復させていく、
という手法だ。

このときに残されたのは。

膨大な借金。
どう見ても失敗だった。

要は、投資をすれば、
後に景気回復し、
民間の会社が税金を多く納めてくれれば、
借金も回収できる、
そんな目算はもろくも外れてしまったのだ。

この要因は、経済のグローバル化。

安い労働力が海外にあり、
製造業等は海外に移転している。
「ケインズ政策」が前提としている
「国内」に限定された市場では
なくなっていたからである。

結局、借金だけが残された。

構造改革を考える際、
まずはここまでの認識を踏まえておきたい。

ここで登場したのが、
小泉純一郎元首相だった。

小泉元首相は、
国民の信頼を失ない低支持率だった
森首相の退陣に伴う自民総裁選で、
国民に対し、「構造改革」を提唱した。
自民党員向けではなく。

この主張に国民的支持が集まった。

小泉内閣誕生後。

連日、様々な混乱が起きた。

それは変化のための
「なければならない混乱」だったのだろう。

既得権益がいたるところに巣くっている。
これを一つ一つ解体する作業。
「自民党をぶっこわす」という言葉は、
実は自民党に寄生している既得権益を解体する、
という意味を含んでいたのではないか。

構造改革路線の重要な意味の一つに、
この既得権益の解消があったのだろう。

様々な混乱の正体。
それは既得権益側の抵抗だった。

そして。

経済的には「新自由主義」などといわれたが、
市場での競争、特に海外と争うことを視野に入れた
強い競争力が求められた。
そのための不良債権処理と規制緩和が進められた。

地方分権については、
これまで総務省などにより、
行政主導で行なわれてきた感がある改革を、
「三位一体改革」という言葉を象徴として、
補助金改革・税源移譲などを視野に入れた
取り組みをスタートさせた。

挙げればきりがないが、
森内閣までの間、
誰も手をつけてこなかったこうした課題に着手したのは、
小泉内閣だった。

そして今。

連日の選挙の報道の中で、
気になっていることがある。

それは小泉内閣や構造改革路線への否定的な見解が、
あまりに無造作に、
そして乱暴に発せられているように見える点だ。

貧困や派遣労働などの問題はあるし、
セーフティネットの課題も少なくない。

小泉内閣は様々な混乱の中、
果敢に新しいことに着手したが、
その結果までを残すことは、
あまりできなかったのかもしれない。

それでも社会経済の、
これまでの構造を見直そう、
という気概は感じられた。

私が危惧しているのは、
構造改革路線を
否定してしまっていいのだろうか、
という点である。

「万年野党」を前提とする立場ならば、
どんな物言いも可能かもしれないが、
政権をとり、この国を運営する前提で
今の選挙を戦っている候補者は、
この構造改革への視点を
冷静に考えるべきではないか。

批判するな、というつもりはない。

ただ、批判的に見るならば、
森内閣以前の社会に戻る、
という意味で批判しているのか、
それとも全く新しい国づくりを
前提として批判しているのか。
それを具体的に示してほしい。

今。

構造改革による功罪が見え始めている段階だ。

その罪の一部分を取り上げ、
有権者への受け狙いや、
敵を叩くための勢い余った言動。

こうした乱暴な構造改革批判は、
後にその候補者が重責を担う立場に立った時に、
大きな足かせとなってしまう可能性がある。

私は個人的には、
小泉構造改革路線を肯定的に見る立場だ。

新しい試みだったため様々な歪みも生じた。
こうした課題に対応していく必要はある。

中には修正を必要とするものもある。
だから、「修正・構造改革路線」が
今後の日本の社会の運営の基本姿勢であってほしい。

繰り返すが、
否定したり批判することを
間違っているというつもりはない。

批判するならそれに代わる社会運営の方法を
示すべきだと言いたい。

現在の私たちの社会は、
自由経済体制で成り立っている。

踏み込んで言えば、
企業が利益をあげ、
その一部を税金として負担してもらい政府を運営し、
国民にサービスを提供する方式を取っている。

企業は納税の役割を果たすとともに、
雇用の場を国民に提供している。

この企業がどうしたら活力を維持していけるのか、
その環境をどう作るのか、
知恵を絞っていかなければならない。

小泉元首相を批判する候補者の中には、
この重要な視点が欠けている候補者が
少なくないのではないか。

最後に触れておきたい二つの話。

一つ目は週刊誌に記してあった話。

ニュージーランドは日本よりも早く、
経済のグローバル化に対応する
社会づくりを志向してきた。

市場主義、新自由主義は、
その歪みもあって揺り戻された。

そして国民は労働党の大きな政府路線を選択した。

しかし、労働党は景気回復などの懸案事項に
結果を出すことができなかった。
税収不足から社会は疲弊し、
公的サービスが低下。

こうして、ニュージーランドの国民は、
再び構造改革路線に戻す選択をした。

そんな話だった。

そしてもう一つ。

イギリスは今もまだ労働党が政権党である。
ブレア前首相がこの労働党を率い、
政権を担当する際の話だ。

労働党といえば、
福祉国家を築いてきた牽引力であり、
「大きな政府」志向の政党だ。

その労働党が、
保守党のサッチャー政権から
政権を奪取する際、
国民にアピールしたのは、
次の趣旨の内容だった。

サッチャーのいいところは継承する、
しかしその歪みで生じた課題は
積極的に解決していく。

この課題の解決こそ、
労働党の得意分野だろう。

注目すべきはサッチャーの路線のうち、
経済成長にかかわる点は継承した点にある。

野党だからと言って
与党を全否定しなかった。

これは同時期に初代の大ロンドン市長になった
ケン・リビングストン前市長も同様だ。

「経済成長」という言葉を含めて
「ロンドンプラン」を作成している。

ちなみにリビングストン前市長は、
労働党を飛び出して無所属となった(後に復帰)。
過激な左翼的立場にいた人物である。
そんな人でさえ、経済成長については
基本政策の柱に位置付けていた。

さて。

長々ととりとめもない話を書いてしまった。

要は、この選挙において、
各候補者、特に野党的立場の候補者には、
政権運営を担当する責任感をもって臨んでほしい、
ということを言いたかった。

そんなことで私はこの選挙選において、
構造改革や小泉元首相への距離感や、
それに対する言動に注目をしている。