• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

3度目の「東京マラソン」を迎える。

私自身が走るわけではないのだが、
3年連続で応援に馳せ参じる。

42.195キロ。

私は一度も経験していない距離だ。

体育会系を自負しながら告白するのだが、
私は長距離走が「大」の苦手である。

だから、長距離走を黙々とこなす人を、
掛け値なしに尊敬しているのだ。

大学院で席を同じくした仲間が、走る。

時に向かい風に抵抗し、
雨に打たれながら。

ゴール付近では、
重たい足を必死に持ち上げて。

そんなことを思い浮かべると、
駆け付けたい衝動を抑えることができない。

これが東京マラソンの応援に行く理由の一つ。

もう一つ。

ガラリと様相を変えた「東京の街」に会いに行く、
という動機もある。

雪が降ると街の姿が一変するのと同様、
マラソンの時だけは東京も変わる。

この光景はかなり衝撃的だ。

車が道路に一台もない。
走る人と沿道で応援する人の姿だけだ。

毎回さまざまなドラマが生まれる東京マラソンだが、
今回は、ギネス記録の更新もかかっているという。

南区の別所沼公園で走り続けたさいたま市民の方が、
東京マラソンを完走することで
フルマラソン連続完走記録を達成するというのだ。

新聞で見ただけだが、
身近でそんな歴史的な事業に挑戦する方がいるとは。

そんないくつかの楽しみを抱えての応援でる。

さて、以下、私の駄話。

読む程のものでもありませんので、
時間のない方、飛ばしてください。

なぜ私が長距離走が苦手なのか、
の赤裸々な告白である。

それは小学生にさかのぼる。

校内マラソン大会で
「3位」になったことがある。
このままならば、
長距離走が得意な人生を歩んだかもしれない。

しかし事態は急変する。
その日の学校からの帰り道。

なんと粗相をしてしまったのだ!
内容は詳しく記せない…(恥)(汗)
自宅の屋根が見えていたのに!
力尽きてしまった…
まさに「風ウン急を告げ」たのだった。

どれだけ約30分の下校時間の長さを恨んだことか。

念願の「手作り」の賞状は汚れてしまい、
あっけなく母が廃棄。

そして、時は過ぎる。

中学生の時。
入学して間もなくの体育の授業。

日差しの柔らかい春らしい日。
1500メートル走のタイムの計測だった。

柔道や野球で鍛えた自慢の体力。
これをここぞとばかりに披露する場だ。

「いまにみておれ」
「俺を誰だと思っている」的な思考を胸に秘め、
スタートラインに立った。

「スタート!」
怖い体育の先生が号令。
全員が一気に走りだす。

私もこれ以上ない、
いいスタートを切った。
グングン、スピードを上げる。

一周目が終了したころ。

周りは数人だけ。
もはや独走状態。
このまま一気に行くぞ!
となるはずだ。

しかし。

横腹が痛い。突然のことだった。

それも人生で経験のない痛さ。
一気に走ったからなのか、
強い痛みが襲いかかってくる。

やがて、その腹痛は、
一歩足を踏み出すごとに深度を深め、
広域に広がっていった。

おのずと足の回転数は遅くなり、
後続に次々に抜かれていく。

200メートル・トラックを7周半。
思えば、未踏の距離の挑戦だった。

私のペース配分は、
100メートル走並みだった。

後続の集団がゆっくり走っていたのは、
このペース配分を理解してのことだし、
スタートダッシュした数人の先頭集団グループは、
陸上経験者の猛者たちだったのだ。

私だけが無知な
「ピッカピカの中学一年生」
だったのである。

しかし、そんなことは、もはやどうでもいい。

本質は、腹痛とのタタカイなのだ。
すでに佳境を迎えていた。

そして。2周目・3周目とトラックを刻むごとに、
あの忌まわしい記憶が蘇ってきた。
クダンの小学生の時の思い出が…。

「ア…アブナイ…」(もはや日本語ではない)

さっきから、同じ光景が繰り返されるばかりだ。
あと何度このテニスコートを見れば終わるのか…
無事に中学生活を終えることができるのだろうか…
と自問自答しながら走る。

走行時間にして数分。
にもかかわらず、
ずいぶん長い時間に思われた。

どれだけの汗をかいただろう。
汗の成分は運動によるものではなく、
いわゆる「アブラ汗」のたぐいだ。

たどたどしい足取りで走り続ける。
もはや最初の勢いはまるで無し。
5周目を終えるころには、
すでに後ろから数えて数人。
すでに早い者はゴールしている。

威勢のいい言葉を並べ、
ゴングと同時に飛び出したものの、
一発のパンチで「秒殺ノックアウト」となる
悪役レスラーに似ていた。

少年のプライドは粉々に打ち砕かれた。

ともかく。

その時の少年は、
大惨事だけを免れることに、
最大の集中力を注いだ。

今もその時のことを鮮明に覚えている。
ということは、ある意味で、
人生最高の集中力を発揮した
場面かもしれぬ。

「あと一周ーっっ!」
体育教師の檄が飛ぶ。

「あと一回この砂場を超えればいいんだな」。
苦しみの中にも一縷の望みが出てきた。
少し気が楽になった。

しかし予断は許さない。
大惨事はいつの時も、
一瞬の油断から起きるものなのだ。

そして――

すでに呼吸が整った多くの同級生が待っている地へ。
…やっとのことでゴール!

両手を挙げての華やかなゴールではない。
その瞬間、どんな表情をしていたかは想像したくない。

それどころか、
私の足はそのまま動き続ける。

そして、しかるべき場所へと
私を導いて行ったことは言うまでもない。

いま思えば。

レースを途中でやめて、
素直に真の目的地へ行けばよかった。

しかし、偏屈なプライド(後に粉々)と
怖い体育の先生の像が、
その項目を選択肢として浮上させなかったのだろう。

「ゴール→新の目的地」

固定観念に基づくこの順番だけが絶対真理である、
と私の脳裏を支配していた。

結果的に、惨事は免れることができた。
しかし、同時に「一生分」学んでしまった。

以来、私は長距離走では全力疾走はしていない。

高校10キロ走の時も、
後ろから3番目のゴールであった。

当時も柔道やラグビーをやっていたから、
真剣にやれば、それなりに走れたのだろう。

だが、私の体に刻まれた鮮明な記憶は、
実力の行使を認めさせなかった。

以上。

文字通り「下らない」話でごめんなさい。

ともかく東京マラソンランナーの皆さん、
頑張ってください。

力の限り応援しますので。

       ★

3月18日

●早朝、自宅にて事務作業など
●午前、会派会議
●午後、議会にて事務作業など
●前市議との懇談
●夜、市議らとの協議
●市議らとの懇親

3月19日

●早朝、自宅手に事務作業など
●午前〜午後、議会にて臨時議会準備
 …3月23日臨時議会
●夜、市議との懇親

3月20日

●午前、自宅にて臨時議会準備
●午後、明大大学院視察打ち合わせ
●夜、自宅にて事務作業など