• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

3月12日をもって2月議会が終了した。

ご案内のとおり、
理事としてかかわった予算委員会を含み、
ずいぶん長く、
エネルギーを傾けた議会であった。

結果は、条例・予算案など、
すべてにおいて「賛成」だったものの、
終了後の挨拶で市長に皮肉を言われるほど、
私たちの会派は厳しい質疑を行なってきた。

最終日の日程は、
●吉田一郎議員懲罰の件
●条例案ほか
●平成20年度補正予算
●平成21年度当初予算
●人事案件
●議員提出議案

が簡単な議案の全体像である。

詳しくは、数ヵ月後に
インターネット上に会議録が掲載されるので、
そちらをご参照ください。

個別にはぜひお問い合わせください。

さて。

以下、2月議会に関し、
いくつか特筆すべき点を記したい。

【予算委員会】

私の担当は、
●2月24日:文教委員会関係(教育委員会)
●3月3日:まちづくり委員会関係〈建設部・水道部〉
●3月6日:総括質疑
●3月12日:予算案に対する討論

であった。

今回はいつも以上に厳しく対応した。
市長や他の議員から、
「辛口だ」「厳しいねえ」などと
声をかけられたことが、
それを裏付けている。

準備は万全と言えないまでも、
かなりのエネルギーを割いてきた。

特に行政改革については、
●重要事業が財源不足となっていること
●厳しい財政から今後さらに財源不足が予想されること
●民間にできるものや惰性で行なっていると思われる
 事業が複数見られたこと
●2重行政的な運営があったこと
●政治主導の行政改革の推進が求められていること

を念頭に「不充分である」と主張した。

さいたま市の財政は、
どの角度から見ても、
評価に値する。

他の政令市での比較においても、
トップクラスであり、
将来に可能性を残している。
この点から予算案は大局的に見て、
「賛成」できるものだ。

ただ、諸手を挙げてのものではない。

財政改革とともに、
行政職員にできる行政改革は、
来るところまで来た感がある。

これからは真に行政でやるべきことを選択し、
そこに集中していく
「政治主導」の行政改革の段階だ。

事業の取捨選択、その決定は、
選挙で選ばれた政治家にしかできないものだ。

「事業を廃止する」ということは、
その恩恵を被る利害関係者と
向き合わなければならない。

市民とどんな姿勢で向き合うかが、
政治家である市長や私たち議員に
求められているのだ。

耳触りのいい言葉で
根拠のない期待に導くよりも、
現実をしっかりと見て、
地に足をつけて行政のすべきことに
徹していく時に来ていると考えている。

これらの点は説明が必要かもしれない。
破綻した夕張市の教訓を踏まえ、
政治主導の行政改革を主張している。

さらに事業仕分け作業にこだわるのも、
以上の点に起因するのだが、
この件は後に詳しく説明したい。

ところで。

5月24日投票日の市長選挙は、
この政治主導の行政改革のリーダシップを問う選挙、
とみてもいいのではないかと思う。

ともかく予算委員会は、
私たちの会派の予算委員それぞれが強い責任意識を持ち、
審議に臨むことができたのではないかと考えている。
少し自己や身内に甘いが、
現時点では合格点をつけたい。

【政務調査費の透明化】

議員提出議案の中の、
「政務調査費」の条例案については、
4月1日から、
「個人支給」を決めるとともに、
一円以上の領収書を、
すべて公開対象
である
公文書とすることを盛り込んだ。

政務調査費は、
議会の公費支出に対する姿勢を表す
一つのリトマス試験紙である。

観光旅行・慰安旅行・私的な物品の購入
・公務外の飲食などへの使用…

全国的に見て、
ここに疑いに目が向けられていた。
議会不要論にも連なる事例である。

これまでどれだけの批判に
さらされてきただろうか。

議会は何より市民の信頼を回復することを
念頭に置いておかねばなければならない。

今回の条例の制定による透明化により、
少しでも議会への不信感を
払しょくする第一歩につながれば、
と思う。

ただ、単に公開すればいい、
というものではない。

監視の強化や政策立案、的確な提案など、
市政への本格的な貢献に結び付く
使用を心がけなければならない。

【吉田一郎議員の懲罰の件】

再び、吉田議員の件で議会の審議に影響が出た。
議員の一人として、
議会の混乱の責任を痛感するものだ。

今回は、発言中に懐の「辞職願い」を取り出し、
議長に提出する、
という悪ふざけの域を超えた
パフォーマンスを行なった。

発言中に、である。

抗議の意思表示があるならば、
発言中は主張を明確にしておけばいい。

そして辞職願いを提出するならば、
議会終了後に議長に提出する、
などの行動はとれたはずだ。

どんな主張でも、
節度は必要であろう。

案の定、私の知人から連絡が入った。
インターネット生中継を、
ご覧になったという。

「驚いた!! 政令市の議員として恥ずかしい…」
と記されていった。

本人にも言い分はあるかもしれない。

無所属議員の質疑や討論の機会を
認める件については、
私も一貫して主張してきた立場だ。

しかし。

やり方は彼のとる方法だけではない。

それを主張し、実現させるために、
様々な選択肢があるはずだ。

黙って何もするな、
水面下で行動しろ、
などというつもりはない。

表で正々堂々と主張すればいい。
その主張の仕方が問題なのである。

彼の行動で一貫しているのは、
自分だけが被害者であり、
それを解決するためには、
議会審議がどんな影響を受けようが
他の議員にどんな影響が及ぼうが関係ない、
手段を選ばない、ということである。

この延長線上には「次の選挙」がある。

次の選挙で当選するために、
議会での派手なパフォーマンスと
主観の強い宣伝活動に
エネルギーを注いでいるように見える。

私は、
私自身が事実誤認で処分要求をされた一件、
先日の一連の経緯において、
彼のこの本質を理解した。

そして彼の一連のパフォーマンスをもって、
彼は議員として失格だと断言したい。

もはや賛同者が一人も出ないような
低レベルのパフォーマンスが続いており、
いささか議会全体が困惑し、
あきれ果てている状況だった。

議会とは、市民の代表機関である。
120万人の市民に呆れられている、
ということにならないだろうか。

今後、「辞職願い」の取り扱いは、
議長や議会運営委員会に任されている。

今回辞職が議長に許可されたならば、
5月24日投票の市長選に便乗して、
さいたま市議選挙も行なわれる。

そこで。

選挙区である北区の皆さんには、
以下の点をお願いしたい。

もし選挙になった時には、
ぜひ大局的な視点に立って
票を投じていただきたいと思う。

民主主義という制度上、
当選した議員の身分は、
最大限尊重しなければならない。

つまり、いったん当選すれば、
次の選挙で落選するまで、
自ら辞職を選択したり、
議会に除名されたり、
犯罪が確定し公民権が停止されない限りは、
その立場を継続できるものだ。

目先の、そして
時に事実と異なる「嘘」や
「誇大広告」にのみ惑わされ、
それを信じ込まされて投票を行なうことほど、
民主主義の精神にそぐわないことはない。

ぜひ彼の主張を目にした人には、
異なる主張にも目を通し、
自らの頭で考えていただくことを願っている。

もちろんその逆で、
私の言い分だけをうのみにせず、
彼の主張もご覧になったうえで、
ご判断を頂ければ幸いである。

議会は、
こうした低レベルなパフォーマンスには、
決して屈してはならない。

そして無所属議員の質疑・討論問題も
早期に決着をつけるべきだろう。