• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

■■■ノルウェイ
■■オスロ/フログン
■8月21〜23日

「緑の国ですね」。私は機中から窓の外を眺め、ノルウェーの国を上空から見て率直に言った。すると機中で知り合ったベルギー人女性は次のように言った。「それもそうだが、水の国もでありますよ」。(片言の英語でのやり取り…)

視察一行の最後の視察地。これまでに6日間の工程をこなしている。朝から晩までのスケジュールで睡眠も不足がち。街から街の移動で疲れもピークに違いない。しかし、一同が息を吹き返したように元気になったのはオスロに着いてまもなくであった。それはこの「緑と水の国」に接して、埋もれていた感性を引き出されたからに違いない。

自然豊かでコンパクトな都市オスロ。さらに夢のような場所フログン。視察行程ではこの2ヶ所を訪問した。

↓オスロ市

オスロはノルウェーの首都。人口50万人。周辺のオスロ首都圏を含めると人口110万人。コンパクトな街だ。

国会議事堂見学
閉会中だったが、見学はできる。本来は見学にも人数に限りがあるが、日本から来たことを理由に(?)、特別に見学させてもらえることとなった。

ノルウェーの国会は荘厳なつくり。入り口では、厳しいセキュリティチェック。案内人の職員と思われる女性はTシャツにジーパン! 建物とはアンバランスだったが、なんだか親しみを覚えた。

議席は木で作られており、鮮やかな装飾で彩られている。「贅沢は敵だ」ではないが、ヒトラー支配下においては一端これらの装飾は地味なものに塗り替えられてしまったという。

1905年にスウェーデンから独立したノルウェイの功労者が飾られていた。また、ところどころに絵が飾られている。中でも啓蒙的な人権をモチーフに描かれた絵が印象に残った。

市庁舎外観
市庁舎を外観から見る。選挙期間中だったため、庁舎内に入ることはできなかった。圧巻は市庁舎から海が見えること。この景観はすばらしい。

ノーベル平和賞記念センター
歴代のノーベル平和賞の受賞者のデータが展示されている。古くは駅舎だった建物を改装して同センターにしたという。平和に関する芸術作品も展示されている。

国立美術館
ムンクの「叫び」はあまりに有名。この美術館は無料でありながら、秀作ぞろい。ノルウェーの芸術に対する姿勢が現れている。ピカソら有名な画家の作品もあった。じっくり時間をかけてみるに値する作品ばかりだった。

市議会選挙
選挙のテントを、少しの時間だったが覗く。チラシや粗品を受け取る。トランプには幹部や候補者らしき人物の顔が…。町中にポスターが貼られている日本とは一味違った選挙であった。

オスロフィヨルド・クルージング
ノルウェーフィヨルドを船でクルージング。船で休息時間を楽しむ人々。離島にあるサマーハウス群。海から見るオスロ市街はすばらしいものだった。ちなみにクルージングは7時30分ごろからはじまり約1時間。戻ってもまだ明るい。これが北欧の夏。9時半ごろまで日が沈まなかった。

ホルメンコッレン・スキージャンプ台
ノルウェー市街が一目できる高台にある。このスキー台は、1952年に開催された第6回オスロ冬季オリンピックに使用するために作られたもので、いまだ現役だそうだ。

フログネル公園
グスタフ・ヴィーゲランの数々の彫刻が配置されている。中央の「モノリス」を中心に、それぞれ人の一生を描くなど、教育的意味を込めた彫刻が並ぶ。中でも最も有名なのは「怒りんぼ小僧」。いい顔をしている。強い日差しの中、噴水の水にそれぞれ意味を持つ彫刻。そして広大な緑。公園のモデルとなる資格のある公園だった。

↓フログン市

フログン市は、オスロ市の隣に位置する。人口は約1万4000人だが、高額所得者が住む。豊かな自然に恵まれるとともに、失業率は1.3%! オスロで財をなした人が一戸建てに住みたいと思う気持ちも分かる。首都圏に位置するさいたま市とは人口規模は異なるが、抱える課題は共通のものが散見できた。

フログン市長表敬訪問
まずはフログン市庁舎に行き、市長を表敬訪問。市議会の議長がそのまま市長を勤める。市長からは議会などの説明があった。以前大阪市の市長が同市を訪問したことがあるという。私たちも数少ない日本人訪問者となった。

フログン市機構の説明
フログン市の機構をチーフオフィサーが説明。市長はフルタイムで勤務し議員は兼業。市の人事は市長の責任において行なわれる。最近の選挙では63%の投票率で年々落ちているのが課題。この点は率の差こそあれ、日本と同じだ。

建設や開発については、ものすごい数の申請書が来ているという。軽井沢並に23%の建ぺい率の規制を設けている。

フログンには生活弱者はほとんどいないと言う。失業率は1.3%である。議会構成ではクオーター制をとり、与党が過半数を占めている。

市の計画は12年先のゴールをにらんで策定される。予算は4年ごとの計画だ。決算は毎年3月末に行なわれる。短いスパンと長い経過うを組み合わせている。

1999年にピラミッド式の機構を改めた。現在は670人の職員がいる。もっと人件費を削減する必要があるが、「今のバランスが丁度いい」というのがチーフオフィサーの見解だ。

年5億クローネ(10億円)の総予算のうち、収入は2億5000万クローネ、8000万クローネは国からの交付金、7000万円は補助金その他はサービス料でまかなう。

フログン市中学校視察
中学校は何より明るいつくりで実に多彩な色を使用していた。デザインを重視した校舎が印象的だった。子どもたちはフレンドリーだ。授業中に教室に招き入れられる。

ノルウェーでは教育インスペクターという役職を置いている。インスペクターとは「監査人」「検査人」という意味。各学年に1人づつ3人配置され、そのうちの1人が校長である。科目の指定など総務的な仕事を中心に行なう。学校に財政や総務的発想の責任者を配置するために設けられた制度ではないかと思われる。

授業料は公立は無料、私立は有料。科目は日本とほぼ同様だ。クラスは30人以下を前提としている。これは伝統だと言う。成績は小学生のうちはつけない。中学では6段階評価となる。

学校給食は基本的に無く、皆弁当を持ってくる。弁当を持ってこられない場合は、学食のような場所で購入して食事を取る。

図書館はコンパクトで、司書が一人対応してくれた。後で判明したのだが、この司書は市議会議員だったのだ!

フログン市老人ホーム
学校の近所にある老人ホームへ。医療技術などでは決して日本は劣っていない。むしろ進んでいる分野だ。ただ、待機者の数は異なる。圧倒的に日本のほうが多い。日本はまだ施設が充足する前に、在宅を進めてしまっている。最後は施設を頼らねば成らない人が出ることを念頭に、施設整備は少なくとも同時に進めなければならない。

私たちが見学した施設は市の運営する施設。病院から出された人が、家での最期を希望する。その人に対しては、ホームケアの必要性がある。このニーズが急増している。

過去65年間、フログンは人口の流入の多い街だ。昔は自分でスーツケースを持ってきた人が多かったが、現在は圧倒的に運ばれてくる人のほうが多い。施設に入れるかどうかで悩む人は多い。また、施設もこれ以上建てられないという問題を抱えている。対策としてはこのセンターの周辺に土地を買い、住宅へのケアを進め、グループホームの準備を進めている。

働く職員の確保も大きな課題だ。現在はフィリピン人やロシア人を雇う。他国から引っ張り続けるわけにも行かない。

在宅サービスの主な内容は、まずは病気へのケア。一日8回以上医師が訪問するようならば、施設に入ったほうがコストはかからない。

訪問者は、①赤十字の職員、②歩ける人が散歩に連れて行く人、③エンターテイメントを行なう人、④牧師がそれぞれ訪問し入所者に対応する。

気さくな入所者のおじいさんが話しかけてきた。自慢の船の模型ももってきてしばしの歓談にふけった。

フログン市議会傍聴
さっきの図書館の司書が市議会議員! これには驚いた。日本では公務員は選挙運動すらできないのに、ノルウェイでは公務員である図書館司書が議員になってしまう…。国によって制度やその背景となる考えがこうも異なるのか、と思い知らされた。

言葉が分からないので、議論の内容は解からなかったが、雰囲気を体感できただけでも収穫はあった。私たちが傍聴したのは3つあるうちの一つの委員会。委員長を兼ねる議長(市長でもある)が次々に議案を読み上げる。時々それに対する意見がでる。

皆パソコンを持ち込んでいる。議案はパソコンで見る。資料は膨大で、これを読み込むには骨が折れるだろうと思われる。

傍聴者は10人以上いた。よく考えたら、16時30分に始まった議会だが、16時には仕事の終わる国だから、仕事帰りに議会を傍聴しているということなのだろうなあと思う。傍聴者は老若男女それぞれ。

時折、チーフオフィサーが説明らしきことをしていた。基本は政治家同士の意見を第一とし、時々行政の責任者が説明するような方式のようだった。

委員長は、私たち一行を「日本から来た政治家たち」と臨席している方々に紹介し、途中で退席する時も丁寧な挨拶を受けた。シンプルな議会だった。

フログン市街
サンタクロースのお土産品を売る有名なおばさん。話しかけてきた薬局に勤める台湾人。石畳のきれいな周囲。人は多すぎず、それでいて、寂しさはない。やさしい雰囲気があたり一面に漂う。すぐ向こう側には海が見える。広場ではリサイクルバザーのようなことをやっていて、見ていてもあきない。お昼に足を運んだのだが、温暖な気候とやさしい日差しも手伝っていくら歩いても疲れない場所だった。