• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

■■■ベルギー
■■ブリュッセル(B)/アントワープ(A)
■8月21〜23日

ベルギーでは、ブリュッセルとアントワープに足を運んだ。ブリュッセルの街並みはロンドン以上に古い建築物が多く、ヨーロッパに足を運んだ実感がより一層湧いてくる。ただ、ところどころに落書き。そして工事も中途半端。街が荒んで見えたのは私だけだろうか。アントワープはきれいな街だった。もう一度じっくり訪問したと思わせる、落ちついた街並みだった。

EU政府日本代表部(B)
二等書記官より、「EUの都市交通政策について」聞いた。

現在のEUは、国を飛び越えて直接都市とのやり取りをしている。交通政策においても、有効な政策を提案した都市には10億円の補助金を与えるという。交通政策を積極的に進める背景には地球温暖化対策があるが、EUは今後の人口増加に伴う車の使用率増加を推計して対策を採っているという。

EU市民の80%が都市部に居住し、そのうちの大半は「短距離」移動。その際の公共交通機関の利用は10%に過ぎない。残りは自家用車だ。さらに2010年までこの状況を放置すると交通渋滞が2倍となるとの推計。2020年までに交通燃料の20%をバイオ燃料などの代替燃料に置換すること、また全エネルギーの消費量を20%削減することを打ち出している。

EUはあくまで対極的な支援者であり、主体的に実施するのは各都市。この点は明確に役割分担がなされているという。

政治的な決定プロセスは、正直なところ、日本以上に不透明でロビー活動の蔓延している状況だという。ブリュッセルはロビー活動を行なう団体が多数陣取っているとのことであった。

現在、EUでは「CIVITASプロジェクト」というパイロット事業に対する補助を行なっている。1期目は2002年〜2006年に19都市、2期目は2005年〜2009年まで17都市が参加している。都市交通システムの変革を促し、その経験を全欧州にフィードバックすることが目的。

チャレンジングな姿勢がなければ成り立ち得ない事業である。日本ではまず「失敗しない」ことが求められる。この点はヨーロッパの新しいものを創造する試みや姿勢から、政治が学ぶべきものが大いにあると思う。ヨーロッパでは全般的に革新的な制度に対する社会的受容性が高い。なんでもまずはやってみよう、そして失敗したらその教訓をフィードバックして次に活かそう、そんな姿勢があるようだ。

これらの実施の背景には、都市のあり方について明確な将来ビィジョンを示す政治的リーダーシップの存在と、市民や関係事業者に広範な参画や合意形成があるという。

特筆すべき点は、自ら市民が考える機会を提供し、市民の行動様式が実際に変化してきている点だ。自家用車の使用が控えられ、公共交通機関の使用が増えたという。経済的インセンティブだけではなく、機会の提供も重要である。その際には「個人の交通計画づくり」というユニークな方法もあると聞いた。

NYK Logistics (Belgium)社(日本郵船物流部門子会社)(A)
 …物流倉庫視察
日本郵船の子会社である当社を訪問し、話を聞き、倉庫を見学した。

アントワープはブリュージュと並び、古くから物流の港として発展してきた。ダイヤモンドの加工業が有名だ。

当社では、「自動車」「家電製品」を主な輸送の品物とし、日本からアントワープ港への積荷を運んでいる。運ばれた車は広大な駐車場に保管され、時には修理がなされる。この修理が付加価値となる。修理のための専門的な技師を置き、傷を直したりする。こうした付加価値を設けなければ成らないのは、過酷な競争があるからだ。生き残るためには、こうした付加価値をつけ、顧客に選択してもらわなければならないという。

21日間かけて日本からインドネシアを通り、インド洋、スエズ運河、イギリスへ。コンテナ船は大型化し、現在全長338メートルある。東京タワーよりも大きい。

労働者の充足は充分できているという。ベルギーは失業率が低いが、それでも比較的長期に働く意思を持つ労働者が集まっているという。ベルギー人がほとんど。

倉庫内を見学。各セクションを隈なく案内された。ミスが起きないよう「改善」を合言葉に様々な工夫をしていると言う。

見学中は険しい顔をしていた労働者の人たちが、就業ベルと同時に着替え、和んだ顔になっていたのはあからさまで、日本人とは異なる仕事感(もしくは愛想の問題)を持っているのではないかと想像した。もっとも、仕事をしている最中に、視察をしている者へあまりいい感情を持たない気持ちは理解できるが…。
     
International Car Operators社(日本郵船自動車船部門子会社)(A)
 …完成車ターミナル・PDI 視察
移動して、ターミナルへ。

当社では、「自動車」「家電製品」を主な輸送の品物とし、日本からアントワープ港への積荷を運んでいる。運ばれた車は広大な駐車場に保管され、時には修理がなされる。この修理が付加価値となる。修理のための専門的な技師を置き、傷を直したりする。こうした付加価値を設けなければ成らないのは、過酷な競争があるからだ。生き残るためには、こうした付加価値をつけ、顧客に選択してもらわなければならないという。

当社は、シンガポールの4つの会社を日本郵船が買収し、今年2月からスタートした。350名が雇用されている。

広大な駐車スペースをバスで見学。一辺一キロ四方だけあって、相当時間がかかる。注射されている車のメーカーは、日本有数のメーカも多い。米軍の軍事車両も見受けられた。

修理スペースを見た。この日は休日だったため、稼動していなかったが、その施設は本格的で、船旅で傷ついたボディを修復するには充分な施設となっている。

車一台につき8万円の輸送コスト。1隻に6500台積めるという。

「一生に一度見ることができるかどうか」そんなものが見られると言う。船が転覆しているのである。船員の不注意で重さを間違えたために横転してしまったそうだ。何ヶ月もかけて戻すらしいが、積荷である車は全損となる。こんな時、誰がどのように補償するのだろうか。

説明を受けていると、ベルギーのこの港がヨーロッパ大陸全体への輸送の出発点であることがわかった。個々からヨーロッパ全土に向けて、鉄道や車で様々なものが運ばれていく。

ノートルダム大聖堂(A)
ルーベンスの絵「三連祭壇画」が壁に飾られている。「フランダースの犬」のネロとパトラッシュが死ぬ間際に見た「キリストの降架」…涙あふれる場面。

大聖堂は石畳の広場に直接、柵もなく聳え立っている。その概観にまず圧倒される。中に入ると今度は、内部の壮大さに改めて圧倒される。ロンドンでも、ウェストミンスター寺院に圧倒されたが、こちらはその比ではなかった。内部を写真で取るのも自由。この荘厳さに、キリスト教の底力を垣間見た。視察同行者の中からは、「荘厳な場所だ〜」と呻き声が漏れた。「鐘楼」は世界遺産。

1352年に始まった工事は、北塔の完成までに169年。その後、財政難で建設を断念するまで建設は続いた。南塔はそんな経緯で未完成のまま低い塔となったのである。

ところで、ここにはクリストフ・プランタンが葬られている。彼は、活版印刷の発明家である。彼の発明無くして現在の文明はなしえなかっただろう。意外な賢人が葬られていたと帰国後に知った(TV『世界遺産』より)。

グラン・プラス(B)…世界遺産
広場である。市庁舎、ギルドの建物などが並ぶ。確かにこの場所はひときわきれいな街並みだ。ここを中心に路地に入ると、飲食店が並んでいる。ベルギ-料理の店が軒を連ねている。賑わいのある場所だった。

交通機関
トラムに乗った。公共交通機関は基本的に車以外、税金による。そのため、料金も融通が利き、2人で一枚、安いチケットを購入することが可能。

街のいたるところにトラムや地下鉄が走っているが、車も多かった。石畳は見るときれいだが、車にはガタゴトとして、走りにくそうだった。

落書きと街のほころび(B)
ともかく落書きが目に付いた。ロンドンでもオスロでも落書きはあった。しかし、肝心の場所においてはきれいであった。しかし、ブリュッセルでは本当にこれでもかと言うくらい落書きがあった。

さらには、トラムの線路の工事などあまりにずさんなものも目に付いて、日本では問題となるのではないかと思ったくらいだ。ブリュッセルという都市は、EUや国連の機関が集結する要所である。それにしてはイメージが悪い、と言うか、荒んでいるというか…。意外な感じがした。もちろんこの周辺を歩いても古い街並みはそれはそれで見ごたえがあるのだが…。

アントワープはきれいな街だった。街全体が整然とし、古くからの建物を大事にしつつ、独特のまちづくりをしている印象を持った。人は多すぎず、落ち着いたきれいな街だった。次に行く機会があるならば、じっくり訪問してみたい。

なぜ国際機関が集うのか(B)
荒んだ街の印象を受けるブリュッセルだが、なぜ国際機関が集うのだろうか。これは視察中に聞いた話を総合した私の推測であるが、①昔から交通の要所であったこと、②ドイツ・フランスという2大大国の間に挟まれている、という歴史的経緯や立地による要素が強いのではないかと思う。また、ブリュッセルはロビー活動を行なう団体が多数陣取っているとのことであった。政治的な拠点として歴史があるのかもしれない。この点は確証がもてないので調べてみたい。