1月24日(水)
■朝
●駅立ち(南浦和駅東口)
市民レポート№37号配布。
声をかけてくださる方々のおかげで
極寒も少緩和される。
ありがとうございます。
■午前
●資料整理
2月の最終議会に向けて資料の整理。
■午後
●立候補者説明会
4月のさいたま市議選に関する説明会。
全部で10区それぞれで10〜15陣営が
それぞれ出席したようで、
各陣営3人まで出席OKだったから、
300〜450人が会場に姿を見せたことになる。
10区×10〜15陣営×3人=300〜450人
立候補の際の手続きはとにかく複雑で大量。
それでも2度経験しているので、
なんとなく全体のことがわかる。
これが新人にとっては、
大変な一大作業となる。
私の最初の立候補は1999年春。
立候補を決断した時には、
今回のような説明会はとうに終わっており、
告示日(届出日でポスターの貼られる日)
の前日の夜、ぎりぎりで事前審査を通過した。
その際には、何度も書き直しを余儀なくされたり、
印鑑を忘れたりするなど、
今思い出してもゾッとするようなくらいの時間がかかり、
市役所の業務時間を大幅に超えて、
ようやく必要書類を届けたという思い出がある。
名前や住所など提出書類の表記については、
正式なもの以外は受け付けられない。
略字などはすべて書き直しか、
二重線を引き、印鑑をつかねばならないのである。
供託金の支払いは法務局、
選挙用のスピーカーを搭載した選挙カーは警察、
書類の届出は市役所、公選はがきは郵便局、
とめまぐるしい。
あの時は、本当によく選挙ができたものだと改めて思う。
この時、少数ではあるが献身的な支援をいただいたし、
3173人(自分を引くと「-1」)人の方に、
どこの馬の骨ともわからない私のような候補に
期待票を投じていただいた。
活動スタイルや考え方は、
その時々、自分なりに考え、
変化をしながらここまできた。
ただ、初当選は現在の立場の出発点であり、
忘れることはできない。
私なりに果たすべき役割は、
全体への視野を持った取り組みだ。
「着眼大局 着手小極」
この言葉を忘れずにいたいと思う。
それにしても選挙は、
明らかに現職に有利にできている。
また既成の中央政党に有利でもある。
政党活動をしている人は資金面の支援に加え、
随時、政党の看板で幅広い政治活動を行なうことができる。
ポスターや看板、チラシなどがその例である。
選挙期間中も当の候補者の行動以外に、
政党の名を名乗って、
車を回したりチラシを配布したりできるのだ。
これに対し、私は「無所属」つまり「自分個人」
という立場でどこまでできるのか、
これまでも、そしてこれからも挑戦していきたいと思う。
政党がいけないわけではないが、
時に、地方議会で国政政党が大半を占める場面などでは、
地方サイドと国政サイドで意見が対立し、
軋轢が生じるケースもある。
こうした状況もあり、
地方議会には住民に立脚した
様々な立場の政治家が存在するほうがいい、
と思っている。
私の無所属へのこだわりはここにある。
また、現職の私が言うのもおかしいが、
地方議員に限らず、
現在の日本の制度では、
選挙において、現職が有利な状況がしばしばある。
現職の政治家が選挙における定数やその法律などを
決定する権限を持つことから、
自らに有利な法律や定数を創りやすい傾向にある。
また、立候補に際しても、
行政情報などに精通しているという面もある。
現職が一歩崎を歩いているという状況がある。
選挙を行なう本質的な意味は、
社会に新陳代謝をもたらすことである。
「革命の制度化」といった学者もいた。
能力や気力のある新人が容易に挑戦し、
議会に足を運ぶことのできる制度に
作り変えていかねばならない。
時には現職がその実績を含め、
厳しく問われる場面も必要ではないか。
それでこそ政治家は鍛えられる。
選挙は政治家を選出するための競争の機会である。
まさに競争を通じて候補者がそれぞれ成長をするのである。
新人でも一定の条件さえクリアすれば、
スタートラインに容易に立つことができる制度が必要だと思う。
これは社会の成熟のために有意義なことだと考えている。
どの国でも民主主義がどの段階にあるかは、
選挙の状況を見れば理解できるのかもしれない。
ついでだが、
選挙活動などの規準が記されている公職選挙法には
グレーゾーンが多すぎる。
各候補者は、できることと、
できないことのすれすれを恐る恐る歩いている、
というのが実情だと思う。
この法律は本当に時代遅れの産物だと思う。
戸別訪問が法律違反なのである。
しかし、「悪法もまた法なり」ではないが、
されど法律である。
法律違反だけはしないようにしなければならない。
また、市民には政治活動・選挙活動を通じて、
政治不信が一層高まることのないよう、
私もその一人として責任がある。
ああ、長々と書いてしまった。
■夜
●明大大学院「景観など」後藤先生
今回、最終回。
風景から景観。
アフォーダンスなどの言葉が並ぶ。
最後の言葉が印象的だ。
ある国の芸術作品。
のぞき穴があり、
その穴からのぞくと…
そののぞき穴を見に、
多くの観光客が自分の足で現地を訪問する。
そしてのぞいてみる。
場所と自己の同質化。
「足を運ぶ」というキーワード。
これこそ、今後のまちづくりで
欠かせない発想なのかもしれない。
●明大大学院学生との懇親。
後藤先生を囲み懇親。
先生が設計した公共施設が国内に!
いずれ見ることができたら、と思う。