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本日午後、教育市民委員会の請願審査に出席。

審議する請願は2件。
請願10号「教育基本法改正法案の
     慎重審議を求める意見書に関する請願」
請願11号「義務教育国庫負担制度の堅持を求める請願」

以下、それぞれの請願に対する私の討論内容。

●請願10号「教育基本法改正法案の慎重審議を
      求める意見書に関する請願」

閉会となった先の国会において
提出された同法案について、
慎重審議を求める請願。

【土井の討論内容】⇒「採択」を主張⇒賛成少数で「不採択」
採択の立場で討論する。以下その理由を述べたい。

この法律は60年前にできた法律だ。時代とともに社会も大きく変わり、それに合わせて教育をめぐる環境もまた変化した。現在、教育環境は複雑多様化し、制定時には想像もつかなかったことも多々あると思われる。特にこの数十年間は大きな転換期といわれている。こうしたことを踏まえ、教育基本法の見直しについて否定するものではない。時代に対応して見直しを行なう、という選択はありうると考えている。

ただ、その場合、制定の経緯や、戦後この法律の下に行なわれてきた教育についての冷静な分析、そしてそれを下にした議論は不可欠となる。また、この法律は基本法であり、見直しにおいては、憲法の見直しの議論と同等の慎重さが必要であると考えている。こうした認識に立って、これまでの議論の推移を見ると、広く国民レベルでの議論になっているとは言いがたい。

各種メディアでの議論、平成15年3月の中央教育審議会の(答申)、そして現在、国会では基本法の見直し案件が出ている。こうした状況でありながら、実際の国民レベルでの合意形成にはいたっていない、ということは、請願にもあるとおり各種世論調査などが示すとおりだ。

私たち「無所属の会」の所属議員は政党に所属していないが、そのような立場から見ると、この法律の見直しに関する賛成・反対の議論が、いずれも政治上の駆け引きや政治闘争の道具にされているのではないか、との印象をもつ。

国の転換期における教育の議論であり、様々な角度からの深く幅広い議論が必要だ。とくに私たち地方政治を担う立場にいるものは、地方分権の流れや道州制議論を汲んだ見直しがなされているのかどうかにも、注目していかねばならないと考えている。いずれにしても基本法の見直しは、安易な妥協をせずに多くの国民の支持を得るような見直しのプロセスを通るべきだ。

以上の理由から、教育基本法の改正案の審議については、慎重にすべきことと考えており、この請願は妥当と考え、採択を主張する。

●請願11号「義務教育国庫負担制度の堅持を求める請願」
三位一体改革で暫定的に削減され、
廃止が議論されている
義務教育国庫負担制度の堅持求める請願。

【土井の討論原稿】⇒「不採択」を主張⇒賛成少数で「不採択」
不採択を主張する。以下、理由を述べたい。

請願に「教育の機会均等を実質的に保障する優れた制度」とある。義務教育国庫負担制度が、戦後において、全国の教育水準の向上に一定の役割を果たしてきたことは異論がない。しかし、見直しの可能性を否定するものではないと考えている。

現在、この制度は暫定ではあるが、三位一体改革の中で、一部税源移譲の対象とされた。ここに至る経緯の特徴は、地方6団体を通じ、地方自治体サイドがこれを求めたという点にある。この背景として考えられるのは、この制度が事実上、教育における中央集権的なシステムを維持するための道具として機能しており、地方自治体の自立した教育環境作りに水を差す役割があったのではないかということだ。状況証拠として、この議論の前後において、文部科学省が「地方の裁量権」を認める方向に大きく歩みだしたことがあげられる。文部科学省のこの制度へのこだわりは、三位一体改革の議論でも充分に汲み取ることができる。

税源移譲の件は様々な議論があるが、さいたま市をはじめとする地方の意見に私も基本的に賛成だ。地方自治体サイドの教育の自治を志向する姿勢が背景にあって、この制度の廃止とそれに伴う税源移譲を要請している、と認識している。

もちろん、この制度の推移によっては、請願にあるとおり、自治体によって「財源不足が生じ」る可能性はあるかもしれない。この点は今後、留意点として冷静に考えていかねばならないが、状況に応じて別の制度を創造することも考えられ、地方分権の視点を兼ね合わせれば、必ずしもこの制度を堅持しなければならない、ということにはならない。

この請願文には、以上のような認識の点が踏まえられていない。単に財政的視点で制度の堅持の必要性を述べているが、地方分権の視点が欠けており、この点には賛成できないことから不採択を主張する。

※討論原稿を掲載しましたが、その一部は実際の発言と異なります。