• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

朝は、コーヒーのチェーン店で軽食。
物価は日本と変わらない印象だ。
ガイドの話によれば、
物価の高さでは、
ソウルは東京よりも上になったという。

<「板門店」へ向かう>
朝9時出発。
この辺りで最も大きいロッテホテル。
この2階にバスが待機しており、これに乗り込む。
バスは約40名定員だが、2台は満員だった。
修学旅行の学生たちもいた。
約2時間かけて「板門店」に到着。
それまでの間、
韓国人の中年女性バスガイドが、
日本語を駆使して「板門店」の歴史、特徴などを説明。
その話には、日本統治下の話も含め、
現在に至るまでの南北の歴史的な史実が盛り込まれていた。
バスガイドは巧みな話術で、
板門店が終戦ではなく、
「休戦」状態であることを参加者に伝え始めた。

<「板門店」の中へ>
今回、最大の関心を持つ視察先である。
朝鮮戦争で南北の分断のライン上にある板門店。
映画「JSA」で描かれた場所である。
微動だにしない韓国・北朝鮮の両国軍人を目の当たりにする。
その腰には銃が備えられている。
さすがに緊張感のある空間である。
そのためか、約40名の旅行者たちが、
素直にガイドの言うことを聞き、
一糸乱れずに行動していたのが印象的だった。
詳しくは「板門店編へ」。

<「民間外交官に」>
板門店を後にし、
昼食をとってバスは帰途に着く。
バスガイドの説明の中で印象的だったのは、
「お互い民間外交官に」という言葉であった。
外交は、一部政治家、外交官や外務省職員など、
「(官製)外交官」ら関係者に任せている意識があるが、
何といっても個々の民間人の交流を通じて
相互理解を深めることが大切だ。
とくに私たち地方政治の舞台にいるものは、
こうした認識を持ち、
積極的に交流する機会を創らねばならない。
先日の中国からの訪問者との交流もそうだが、
「実のある友好」は欠かせない要素だと思う。
「民間外交官」という言葉を聞き、
改めてこうした認識を持った。

<「デモ」に遭遇>
大学の宿題を抱えて韓国に来ているため、
空いた時間は貴重だ。
板門店から帰り、ホテルへ。
外の広場周辺には、にわかに人が集まってきた。
街宣車が音を流す。
横断幕には力強いハングル文字で主張が書いてある。
集まってきた人たちは、髪が白く、
おそらく高齢者だ。
ホテルマンに「あれは何か」と聞くと、
「デモです」という。
「市場のイノベーションのデモ」、
つまり市場を再開発することに反対する
自営業者たちのデモだそうだ。
ホテルに帰ってからも演説らしき音が、
しばらく続いていた。
韓国では一端職を離れると、
まず再就職は困難だそうで、
みな生活の糧を得るために
屋台などで自営業をするという。
その人たちが再開発で
危機感を持っているとのことである。

<在韓日本人新聞記者との懇親>
夜は、日本人新聞記者との懇親の機会を持った。
Tさんは、同行者の知人で、
一定期間休職し、語学を学ぶため韓国に滞在している。
これまで韓国で経験してきたことをお聞きできた。
以下主な話。
●韓国は、1960年代の日本の学生運動
 のような状態を約10数年前に経験し、
 民主化が着々と進んでいる。
●日本では早々に騒ぎとなった
 最近の弾道ミサイル問題だが、
 韓国では遅れて政府から発表されただけではなく、
 「すぐに発射されることはないので安心を」
 という趣旨であったという。
●韓国のマスコミはほとんど一元化されており、
 世論は95%くらいが同じ傾向を示すという。
 369世代(30代・1960年生まれ・90年代(?))
 は既成のマスコミに失望し、
 インターネット新聞などを立ち上げ、
 社会変革の大きな役割を果たした。
●「韓国と北朝鮮は、
  日本が南北に分断される身代わりになった」
 と語る韓国人が決して少なくない。
●韓国は国債や地方債がないという話については、
 「韓国は数年前、IMFからお金を借りた」
 点を忘れてはならないとのこと。
 借金で首が回らなくなっている日本だが、
 それでも他国にお世話にならず、
 自分の足で立っているのである。
●竹島問題については、どんなに親しい韓国人でも、
 この話題を出すと「ケンカをしたいのか」
 と態度が一変するそうだ。
 前日の自治体国際化協会で聞いた話と同様、
 この問題は、韓国人にかなりの関心を持たれている。
 日韓関係の象徴化された話題のようだ。