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■『官邸主導 小泉純一郎の革命』
■清水真人著 日本経済新聞社

本日の財政問題研究会のセミナーで、
「小泉改革」のこれまでをテーマとする。
その講師として清水真人氏をお招きする。
その清水氏の著作が『官邸主導』である。

この本では村山政権以来、
その時々の政権での政官の綱引きを
具体的事象を用いて記している。
表明的にしか見えていなかった
政界の動きについて、
綿密に事実が描かれていた。

●小泉前の政官の攻防

官僚主導に対する「政治主導」。
財政が逼迫する中、
政治の大きな課題の一つであった。
小泉内閣の誕生前、
すでに「政治主導」に向けた動きが
少しづつ進められていた。

政権交代した細川政権、
その後の村山内閣までは、
「政策の継続性」の言葉の下、
官僚による政策決定構造は継続していた。

橋本内閣が誕生し、この構造に挑戦する。
現在、小泉内閣の閣僚を務める
与謝野馨は大蔵省(当時)に対し、
「上位下達方式」(政治が「上」)
で行くことを言明する。
財政的逼迫がその大きな背景にあった。
しかし、結果的に補正予算で
いかようにも対応でき、
官僚の裁量の余地は残されていた。

小淵内閣、森内閣の時にも、
この政治主導に向けての取り組みは継続していた。
「21世紀臨調」による
実質的な政治主導への提案も森内閣の時である。
政官関係とともに、
官邸と与党との関係という、
責任をあいまいにする仕組みへも
注目が集まるようになった。

●2001年4月、小泉首相の登場

小泉純一郎が地方の党員投票で圧勝し、
自民党総裁選で勝利。
第87代首相になった。

本著によれば、
小泉が構造改革を進めた、
というよりはそれまで橋本内閣以来、
各内閣で進められていた構造改革路線を、
小泉が「後戻りできないようにした」、
ということとなる。
一時は森政権において、
あいまいさを残す調整型に
逆戻りする危機もあった。
小泉首相の誕生は、
国民の政治主導を求める意向とも言える。

●原案の作成と透明化

現在、総務大臣の竹中は、
当時、民間人の立場でありながら
閣内に採用された。

初めての経済財政諮問会議の際、
司会を務めたが、
「原案作りを官僚に任せて」は
「主導権を取り返すのは難しくなる」
との問題意識から、
自ら手を入れた一枚の紙を提示している。

霞ヶ関官僚も、永田町の与党議員も、
経済財政諮問会議の土俵の上での
勝負を余儀なくされていく。

2001年5月、諮問会議が骨太方針の原案を公表。
「官から民へ」「国から地方へ」
の流れがここで確立した。

各省庁とのやり取りはすべて公表。
政策決定プロセスの透明化の試みである。
これが各省庁を動揺させることとなる。

やがて、

経済財政諮問会議の民間議員のペーパー
  ↓
竹中とりまとめ
  ↓
小泉首相の指示

という諮問会議を舞台に
官邸主導で政策決定プロセスを
動かす流れができた。

その後の各省庁や三位一体改革、
郵政民営化の過程が記されている。

  ★  ★  ★

小泉政権への賛否は、様々ある。
ただ、政官の関係において、
大きな役割を果たしたことは確かだろう。
これまでの10年の政官関係を見るには
うってつけの本であった。