• 変わらず ブレず 前へ 未来へ。

今回5月17~22日、台湾を訪問した。
蒸し暑さと親日の人々の記憶は、今もはっきり印象に残る。
以下、台湾の特徴などとともに、感想を記す。
あくまで雑記・感想なので、
正確性を欠くものがあるかもしれない。
ぜひご指摘いただきたい。
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■■■主な視察先と内容■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
●17・18日:台北市…台湾博物館(後藤新平の銅像)。東側大規模開発地域(101ビル周辺)。台北市政府(副市長以下による説明。総合計画、危機管理、開発)。
●18・19日:高雄市…市政府(合併の経緯、港などの開発の将来像)。市議会議員らと懇談(総議員数66人、女性議員26人、国民党29人、民進党30人。議員の巨大ポスターは日本では見られない光景)。高雄博物館(建物は日本統治時代の建築物)。八田與一紀念館、烏山頭ダム(台湾人らしき団体客が訪問する光景も)。
●19・20日:台中市…921地震教育園区(1999年大地震博物館、倒壊した学校校舎をそのまま保存)。台中市街地視察。
■■■主な感想など■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
●気候は雨季らしく結構雨に降られた。折りたたみ傘は必需品。5月でも晴れると日本の真夏並みだ。その分、室内でクーラーが効きすぎるくらいだ。
●言葉は日本語が通じるケースも少なくない。日本語表記は所々で見えた。
●台湾料理は、素材がしっかりしており味もおいしい。ただ水道水は飲まないよう指摘された。地元の菌になじむまで下痢などの症状を起こしやすいのだろう。
●交通は2輪バイクが圧倒的だ。現地の人によれば値段とともに暑い気候も関係するという。
●現地の人の人当たりは、総じて丁寧でやさしい感じだ。日本人に近いものを感じた。
●訪問中、蚊に刺されたが、これも気をつけるように言われた。腫れてしまったり、蚊を介したウィルスに感染する可能性もあるという。
■■■親日の国■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
●台湾は総じて親日である。東日本大震災の際にはいち早く寄付と救援物資を送り届けたのは記憶に新しい。
●訪問中、日本語を話す人や日本語の表記は街中で見受けられ、総じて丁寧で対応にトゲはなかった。
●植民地時代の受け止め方について、以前訪問した韓国や中国とは明らかに異なる。台湾では後藤新平や八田與一らを近代化の貢献者として銅像などにして大切にしている。台湾では植民地時代のネガティブな展示も見たが、社会インフラの整備などに貢献した日本人への評価する姿勢も見逃せない。我が国による他国の植民地支配について、肯定的に胸を張れるものではないが、しかし台湾のような国もある。現在の中国・韓国の言動は、いささか政治的な反日的言動の面も否めない。だからといって「正しかった」と言うつもりもない。文化的生活を奪うことは、いつの時代でも許されるものではない。あくまで事実に基づき、冷静に見ていく必要があるということだろう。
●後藤新平は、台湾総督府が設置された際、児玉源太郎に見出され、医師として台湾の現場責任者になったが、その際、下水の整備による衛生や現地人の尊重など、押し付け的な方法をとらなかったという。
●八田與一は、烏山頭ダムや嘉南大圳(かなんたいしゅう、用水路)の設計建設に尽力した。56歳で戦死するまで32年にわたり台湾後のために尽くした。台湾人に対しわけ隔てなく接したという。
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■■■特徴■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
●人口は約2000万人。面積は日本の九州ほど。時差は日本と1時間。
●首都は台北市。今回の訪問では、ここと南端第2の都市の高雄市、台中市を訪問した。他を圧倒する都市の台北は、交通マナーなどからも洗練されていると感じられた。高雄市はこれからの
●年号は「民国○○年」を使用。時々これを見た。1912年が元年。「西暦-11」で民国の年数になる。1912年は辛亥革命の年。台北市役所の応接室の掲示など、孫文を大切にしている様子が随所にうかがえた。
●通貨は台湾元で約3倍すると日本円に。たとえば「30元」なら「約90円」という感じ。物価は缶ジュースで換算すると、日本の60%くらいか。
■■■台湾の歴史■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
外にほんろうされた歴史的経緯がある。古くは東インド会社のオランダ。大陸系の漢民族、清国、日清戦争後の私たちの先祖である日本人、第2次大戦後中国から逃れた国民党、そして李登輝政権誕生(1988年)でようやく本省人が国を治めるようになった。国民党政権時代が長かったが、民進党政権が誕生(2000~2008)。現在は国民党の馬総統(大統領)の2期目である。もっとも大きな争点である中国との関係は、つかず離れず路線が国民の支持を得ている。国としての独立心があるものの、現実の生活上、経済などの関係で中国との良好な関係が必要というスタンスである。
■■■日本の外交■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
日本は中国と国交を結んだ際、台湾との外交を遮断し今に至る。国際社会も同様、中国への配慮からであるが、訪問した限りでは、すでに立派に独立した国という印象だ。