• 「猫の手貸します」

この半月ほど。
子を持つ親御さんたちからの、
悲痛な声ともいえるような連絡を、
少なくとも2桁に上る方々から受け取っていた。
放射性物質の放出に伴う、
子どもへの影響を心配されての行動であった。
これまで原発問題への行動といえば、
「反原発派」の旗を鮮明にした
人たちの専売特許であった。
しかしこの親御さんたちは、違っていた。
子どもへの負の作用を避けようと必死であった。
さいたま市に独自の測定を求める声が続々と届く。
ここで。
私はこの放射性物質の放出に際して、
2つのキーワードを思い浮かべた。
「地域主権」と「当事者意識」である。
前者は、国の言い分を聞きつつも
時に一線を画し、自分の頭で考え行動すること。
信頼を失墜した政府の情報発信。
それに対し、独自に真実を追求し
伝えようという姿勢が求められていた。
後者は、まさに自分の責任に関わること。
自分の責任という認識を持つかどうか、
という性格のもの。
国や県に責任を押しつけている場合ではない。
特に政治家の言動や判断には、
大きな責任が求められていた。
この度。
清水市長は、議会でその決意を語った。
市内すべての市立の学校や保育園での
放射線測定を行なうことを明言したのである。
すでに報道されている通りだ。
これは明らかに市長の政治主導で実現したもので、
私の思い浮かべた2つのキーワードを
汲んだ決断であったように思う。
私はこの決断を評価している。
ただ。
それでも親御さんたちの心配は尽きない。
「対象には私立幼稚園が入っていない」
「今後出来る限りの低線量対策も盛り込んでほしい」
「給食の食材について独自調査はしていない」
「給食の牛乳には、福島の原乳が入っている」
「プールの水質検査は各区一校では足りない」
「γ線だけでなくα線β線すべての線量を測る必要がある」
「校庭の除草作業など、まだまだ問題が山積み」…
測定を約束したらコトは解決、ではない。
行政にも物理的限界があるから、
どこまでできるかは未知数だ。
だが、子を持つ親御さんたちに
出来る限り寄り添って対応し、
心配を取り除く努力を惜しまないことを
現場の行政に期待したい。
それが非常事態における
自治体職員の使命だと思う。
そして。
それをチェックすることは、
政治の場に身を置く私自身の
重要な役割の一つだと考えている。