• 「猫の手貸します」

ポツリポツリと夏雨の降る、ある晩。
私はニューヨークにいた。
リンカーンセンターにて、
ジャズの巨匠がコンサートをやるという。
無料であることが誘因となったわけではないが、
勧められ、足の赴くままに出かけた。
雨降る中、野外会場に入ると、
多くの聴衆たちが歓声を上げている。
ずっと向こう側にステージがあり、
演奏者本人の顔すらおぼつかなかったが、
サックスの音が会場に存分に響いてくる。
ソニー・ロリンズ。
ジャズファンなら知らない人がいないほどの巨匠だ。
そのメロディアスなサックスフォンの旋律。
私は、旅の疲れでウトウトしながらも、
気持ちのいい雨粒を皮膚に受けながら、
夜空を見上げ、ニューヨークの文化に浸っていた。
この雰囲気も相まって、
すっかりロリンズのファンになってしまったのだった。
帰国してしばらくたったある日。
「ソニー・ロリンズ来日!」
との広告を発見。
そこには
こんな趣旨のことが入っていた。
「最後の来日」と。
うーむ…これは行かねばなるまい。
高齢だし、もう引退なのか。
体力的に海外には出られないということなのか。
私は、普段、コンサートなどというものに、
行くことはほとんどない。
しかし、ニューヨークの夜を演出してくれた
ロリンズも最後の来日とのことで、
感謝の気持ちも込めて聴きに行こう、と決めた。
妻にもこの感動を共有させようと、
強引に誘い出し、東京フォーラムのホールへ。
満員の入り。
胸が高鳴る中、演奏が始まる。
期待通り、素晴らしい音で、
ニューヨークを思い出させてくれた。
「ロリンズに会えるのもこれが最後か」
その寂しさから、胸が熱くなったものだ。
ありがとう、ロリンズ…
何度も、声にならない声を届けた。
で、それから数年。
今朝、新聞を読んでいたら…
ん?
「ソニー・ロリンズ日本公演」とある。
え?
あの時の来日が最後ではなかったの…?
さらに文章を読むと。
「もう引退するような時間は、私には残されていない」(本人弁)
そうな。
「80歳記念し…」
次の来日は、90歳記念なのか…
う~む、世の中、難しいですな。
それでも、あのニューヨークの夜は、
未だ私の心の中で輝きを放っているのです。